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10月、図書館の本棚の森

  • 執筆者の写真: ai kawase
    ai kawase
  • 2025年12月20日
  • 読了時間: 6分


2025年10月のことは、言葉にするのも惜しいような時間。


その後に続く、11月に上演した自作『透明な綾(11月、駒ヶ林にて)』のクリエイションの中で、創作の協力者である中根さんが話していたように、「言葉にすると過去になる」ということを思い出します。

その感覚があるからなのか、ちょっと勿体つけたい気持ちになります。


かたちを得ずに漂っているものが、言葉にすることでカバンの中へとパッキングされ、

過去のものとなり、どこかに仕舞われたり、持ち運んだりする。


「さて、どんなふうにパッキングしたものかな」

と、ゆっくりじんわり言葉になるのを楽しみにも思っています。



・・・・・・



カナダ・モントリオールが拠点のアダム・キナーさんとクリストファー・ウィレスさんのお二人による作品『MANUAL』は、ダンサーのハンナ・シビル・ミュラーさんがドラマトゥルクとして参加されており、世界各地の図書館で上演されてきました。

今年10月、京都駅エリアに移転して数年ほどの京都市立芸術大学内にある伊藤記念図書館にて、KYOTO EXPERIMENT 2025 の公式プログラムとして上演され、

出演は京都のアーティストやダンサーや俳優、私も出演させていただきました。


9月のオンラインミーティングから創作が始まり、10月、会場となる図書館の蔵書の中から出演者らがそれぞれ探し出した本が並ぶ大学の一室で、集中したクリエイションが始まりました。


クリエイションから本番会期まで、『MANUAL』だけに取り掛かっていられる環境はとても恵まれていてありがたく、

共有して頂いたワークやクリエイションのひとつ一つに、琴線に触れるものがあり、

創作から本番までの全体を通してみても、強く共感することで溢れていました。


この作品が世界中で上演されていること、その状況、それ自体に、

自分は、とても希望を感じます。


それは、『MANUAL』が観客とパフォーマーが一対一で進められる親密なパフォーマンスだということと、とても密接だと感じています。




・・・


以下、思っていることをつらつらとしたためます。



図書館にはたくさんの公共物=図書が収められていて、

そのどれもが、かつて、誰かがしたためた言葉やイメージの集積で、

ある時のある人(たち)の熱のこもった現れが一冊に凝縮されて本となって存在している。


そんな本の背表紙が、いろんな幅や高さ、凹凸や、手触りの装丁を纏って、

本棚に並べられ、本棚越しに向こうの本棚に並ぶ本の列がまた続き...

その様子は、

山の高い開けたところから振り返ってみえる山波のようであり、

深くてひろい森の木々の幹が遠くまで続いている様のようでもあり、

電車の車窓から見える街並みや人通りのようでもあるし、

本棚の合間にたたずむ人の横顔に出会うと、

「あなたもわたしも今ここにいてかつての本を見つめていますね」

と、どこか心解けて感じられもする。



新旧様々の本のにおいがそこにしっかり滞留して在り、

ページをめくる度に、その時々の読み手たちによって、お話が再び生まれる。

(サンプリングみもある)



書かれた文字は痕跡、過去そのもののよう。

そこへともに耳を傾け、広く深く感覚を開いて没入し、

あらかじめ決められていない、その時その人の内にある言葉や体感を、

今ここにいるあなたとわたしが交換することは、

とても個人的で、親密で、

そういう場を私は誠実だと思いもすれば信じており。


お互いのバックグラウンドや歴史や立場といったものの、

もっと奥の方、芯の方、根っこの方には、ひとりひとりがいるように。

あるいは、

領域が溶けて消えるような流動性と複雑系で、

蒸気の粒を捕まえたり体系的に捉えたりしがたいように。

もやの中に含んで捕まえきらないように。



・・・・・・



ハイキング程度の登山経験しかない私が思うことなので、山間に生活する人の感覚とはまた異なるのだろうと書き記しつつ、ほんとに図書館をゆっくり歩きながら思ったことなので素直に書いてみています。


資料を再び開いて確認してみると、10月22日の会期最終日を迎えるまでに、

私個人でも30人以上のゲストと一対一のパフォーマンスをしていました。


何かアクションを起こしたり、パフォーマンスしたりしなくても、

一対一でそこにお互いいるってだけで、とてもよく「喋ってる」と思います。

なにかしてみせなくても、その人がいるだけで、なかなかよいものだなと。

だいたい、いつもそんなことを思っています。

そう感じられるのは、大勢のお客さんたちとパフォーマーという関係性ではなくて、

お互い一人ずつしかいないということが、とても大きく作用しているように感じます。

私は出演者として、用意してきた作品をプレゼントするのだけど、

同時に、一対一のひと同士としては、深い会話をしているような、双方向の関係性での時間を過ごしていました。





出演者としてKYOTO EXOPERIMENTに関わるのは、今回がはじめてのこと。


(2018年のKEXでは、山城千佳子さんの作品ではエキストラ出演兼振付アドバイザーという名前の役目で関わらせていただいており、あの時の手や声のイメージも、自分の中に息づいてます)


直接ご挨拶できた方だけに留まらず、この毎年のKYOTO EXIPERIMENTが開催を支えられているたくさんの方々がいるのだと思えば、思うほど、

ばっちり緊張感が増して責任にふるえる体もあるのですが、

自分がいまできる働きのすべてが最善に出せるようにと気持ちを絞ってのぞみました。

自分自身には、未開拓な部分をたくさん持っていて、勤めて向き合いたいとも。


理想や目標の姿形の方へあゆみをすすめつつ、

道中で立ち止まるべきときを見過ごさず誰か人と隣り合うための時間を持ったり、

道端の草花が美しければ愛で踊って横道へもまかり通ることに躊躇せず、

ころころ転がってもしっかり前方を見据えて、カバンを忘れず、、

頑張っていきたいと思います。


そう思わせてもらえ、この10月も、

お世話になったみなさまに深謝いたします。



さしあたっては、、


いろんな展開をしたくてうずうずしているソロダンス『透明な綾』を、これだというやり方で進めていく準備だったり、

やはり、日常会話や雑談が母語以外でもできるように(まずは英語か)、文法を本で学びなおしたり、日常のなかで英会話する時間を確保したい!


つくること、パフォーマンスすること、踊ること、

これらの行いをとおして、おしみなく働ける機会がまた巡ってきますように。


2025年も残すところあとすこし。



 
 
 

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