ごぶさたしています。息つく間も無く、(ほんとうに)、2月3月が走り去って行きました。。
2月には、
居留守(山﨑恭子さん)による演劇作品に出演。
久々の台詞、私には台詞を覚えて話す、というのが毎回むずかしくて、俳優さんはすごいな、と毎回思います。
山﨑さんとは、かなり前から何かご一緒にと話していて、それが今回ようやく実現したわけです。
ここにいたるまで、気力と体力の掛け合わせで馬力を増幅させるみたいに走って来たのですが、
ついに身体の方から思いっきりブレーキをかけてきました。
本番前に体調不良で身動き取れなくなるとは、、、これまでけがや病気でしかも本番直前にダウンは
やったことはなかったとはいえ、周囲に不安とご迷惑おかけしてしまって、大変反省しました。
120%で取り組むよりも80%ほどのスケジュールで、メンテナンスも、現場に向かう準備も、本番にもっていくリズムも、
満足のいく仕事をできるようにしようと、今後の課題ともなりました。。
3月には、
昨年度、京都芸術センターにて定期的に開催された、ダンサーでありゴーストライターでもある増田美佳さんのワークショップmimaculのメンバーが執筆した、詩歌や小説や戯曲やエッセイが綴じられた冊子「mimacul」がついに発行されました。
編集や入稿など、多大なる協力があってこの世に生まれた冊子、手に持った時はじわじわと喜びが。感謝。
本名で、「そえぶみ」という短編を書いています。
個人的には「そえぶみ」気に入っています(照)、他のメンバーの作品はとてもすばらしいです。
それぞれに、言葉を書くということに、ひたむきに向き合った跡が感じられますし、うなります。
ぜひ人目にかかってもらい、手元を離れた先の誰かの中に少しでも息づいてもらいたい。
6月頃までは京都芸術センター窓口で購入できますし、私も数冊持っているのでお求めの方はぜひお声かけ下さい。
増田美佳さんによるこの動き、mimaculは今後もつづく。わたしも本当にたのしみにしています。
ちなみに、登場人物のスハルとは、私が私と名乗らずに書いた詩を投稿しているSNSのアカウント名からとっています。
とてもプライベートなものことを吐露する場として、昨年春からぽつぽつと書き記してきました。
こちらも、あまり遠くないうちに纏めていきたいところ。
3月は盛りだくさんで、
昨年冬に城崎国際アートセンターに滞在させていただいたJCDN企画のDANCE CAMPがあり、
これはダンサーのための鍛錬の場だったわけですがそのDOCUMENTとして、
京都芸術センターにて、公開稽古や実演もありました。私は寺田みさこさんの公開稽古に参加。
みさこさんには、近年普段から定期的にレッスンでもお世話になっていて、
地道に微細に気づいてちょっとずつ血肉にしていくものは分ち難く身体に馴染むので、、そのはずなので、
みっちりやれた城崎での滞在期間あったのちにも、継続稽古していける環境が身近にあることの幸いを思います。
月末3/27にはFOuR DANCERS vol.126。
今回もソロで参加。音源は用いず、新聞紙を持ち込みました。
前作の即興「十口山人」ほどには即興要素はないながらも、ゆるやかに離脱できる隙をもちつつの振付でした。
新聞ってなんかいいなと思っている。
印字されてる情報は日々あたらしいのがやってきて、
きっとできるだけ公的に書かれてるんだけど、誰かが書いてる、という、
誰かの目線で切り取った世界の一側面であるという事実は免れないだろうと思う。
ストレートに、完全に私的なことも載せたりもしている。
それがなんの縁か同じ紙面にのっかって町を飛ぶ。
寒い日には、防寒具や寝具にもなるし、油や水もよく吸い取るし紙質だってじょうぶにできている。
しかも、基本的に、スタイルが変わってない。
新聞ってなんなんやろなと。
紙面に印字されたもののうち、書き手個人を感じさせる文体と出会う機会はめっきり減ってしまっているけれど、
新聞は意外と、書き手個人を想像させる文体の残り香を感じて好きだ。
3/27には、印刷された文章や画像などを情報として読み取ることは一切せず、新聞とつきあうとした。
新聞はニュースを載せている。
ニュースは、ニュースとして提供される時点で既に過去。誰かの目を通した短距離の歴史みたいだ。
私たちは誰かの書いた文を読み、知ったり想像したりする。
できるだけ事実に近づいて想像させようと、文章は書かれる。
しかし、当たり前だけど、書き手も読み手も、書かれている出来事そのものに再び触れることはない。
限りなく近づこうと試みて、絶対に触れることは無い。
離れ、時間や距離を置いて、再び近づいても、模写することはできてもそのものに成ることはできない。
この、限りなく近づこうと試みるところに、踊りがあるなぁと思った。
タイトルをつけないまま本番を向かえてしまっていました。
最近はひらきなおって(?)、振付の中でとりあつかっている書き文字をそのままタイトルにすればいいじゃないか、と思っていたりして。
3/27の新聞と踊った30分は「春乃岬」とします。
近現代詩歌の太めの本から、いま踊れるなとおもうものを無造作に選んだののタイトルです。
どんな人かもよくしらないのだけど、三好達治の書いた詩歌を、書き、辿り、踊りました。
「春の岬」
春の岬 旅のをわりの鴎(本来は旧字体)どり
浮きつつ遠くなりにけるかも
三好達治
そして、よくよく考えると、去年の夏から今年3月にかけて、OFFの期間は一切なかったのだと気づく。。
頭の方はどんどんやりたいと逸り暴走するので、身体の方からおもいっきりブレーキをかけてきたのが2月でした。
公演を終えて3月、ようやくやって来たOFF日に病院をはしごすると何だか検査にひっかかる。
なんとも言えない気持ちになるのだけど、亡き父の誕生日に、手術日が決まりました。
初期症状のまったくないといわれている種類のもので、良性のものが殆どだとお医者さんに聞かされてはいますが、
直径7センチほどあるのう腫がお腹にあることが定期検診で分かりました。
(みなさま、定期検診いきましょう)
2年やそこらの期間で大きくなったのでもないらしく、およそ、私のダンサー歴をほぼ共に成長して来たのう腫です。
最初はのう腫があると知ったがために踊れない気持ちになったり、あんまり長く人と話せない気持ちになったりしたのだけど、
いっしょに踊って頑張って来たわたしの身体の一部ののう腫だ、と思うと、気持ち悪いと思うのも何か悪い、そう思うのはなんか失礼やなと、気持ちを改めると、身体への不信感が消えてようやく踊れる身体に戻ってくれました。
1週間弱の短い入院で済み、術後もわりとすぐ動けるとのことなのですが、
これもよい機会だと思って、身体のメンテナンスと並行して、からだづくりにも注力しようと決めたのでした。
5/1-4の大型連休のラストに開催された京都国際舞踏祭にて、ダンサーの藤原美加さんとデュオで出演がののち、手術に移ります。1ヶ月もすれば元にもどると担当医の方は話されてたので、その間に丁寧にがっつりと身体と向き合い、また踊ります。
(京都国際舞踏祭については、追って書きます)
この2年、個人的にはあれもこれもと様々なことが身辺で起こり、
踊りも成長させてもらってきました。
私なりに歳を重ねています。
そのことを認めると同時に、まだまだ未熟だと、まだまだこれからだとも感じ入ります。
はぁ、それにしても、歳を重ねれば初めてのことに狼狽えることも減るのかと、なぜかそう思ってたけど、
初めてのことは、むしろ、想像を超えて勢い増してばんばんやってくるんだな。
どんなボールもうけれる、受け続けられるのをたのしめるように、大きくなりたいものです。
写真は、3/27のソロ。記録用に撮影した動画より切り抜き。