背中のこと

December 4, 2019

10月にその時間を終えた公演「かくことのは」。
観に来て下さった方には冊子になった当日パンフレットをお渡しした。
そのパンフレットには、作品の章立てたタイトルと、ダンサーそれぞれに充てがわれた言葉の書、それに付随させて書いた/コラージュした詩あるいは短編も掲載している。
書は、ダンサーの藤原さん・遠藤くんと一緒に稽古場で書いてきたもの。

ダンサーの二人が書いたものも掲載している。
詩と短編は、背中す春によるものとした。

私の私生活を他者として書き出していくための名義「背中す春」によって、ここ2年で書きためた詩をコラージュしたものと、書き下ろしの短編になる。

背中す春のことは、全く、川瀬亜衣とは無縁の状態でひっそり置いておくつもりでいたのだけど、今回やはり、どうしても出てきてしまった。。ずっと表に出すつもりなく書いてきたのに、出してしまった。
一つ作品を作る毎に、全て掻き出してしまわないと、どうも作品になってくれないのは、すでに知っていたはず。

たまらないものがある。

背中す春の活動については、このように説明している。
「私生活にある景色を書写し、言葉を踊らせ、その奥にあるものを吐露に誘い詩を作る。その背景としての写真とペアリングを行う」
写真と詩を一辺、ペアにしてネット上に投稿してある。

写真は場合によっては複数枚になる。
わたしが、私のまま語るには躊躇され、素直に語ろうものならハドメが効かない、どうしようもないことを、他者として描写し書き出す。
内に抱えるには烈しすぎて、話/離したいこと。
でも、口火を切った途端に洪水のようになってしまって、人に伝えられるような丁寧さではうまく吐露できない類のもの。
うっかり吐いて仕舞えば、拒絶もされるような際どいもの。
本人は口籠るほかなく、自分ではない隣人を架空に存在させて、そうすると、ようやく素直に書き出すことができると分かった。

口籠る存在、意思を示すことがどうにもできないこと。

 

このように言葉で描写すると、脳裏によぎるのはこの春のこと。


私は今年の春に、お腹に嚢腫があることが分かり、手術をしたのだけど、この嚢腫に対して、どこか申し訳なさを感じているところがある。
この嚢腫は、私のお腹の中におそらく10年近くは在って、少しずつ大きくなっていたというのだから、おそらく生きていたのだと思う。
ただ存在しているだけで、何も悪さはしない。
ただ、ヒトとして、生物として、認められる設計図をカラダに持たず、生み出せるものを愚直に生み出した結果の姿で生きていた。

そのうち、私の内部の臓器を押しつけはじめ、いつかやってくるかもしれない破裂や、その内部に悪性新生物がいないかを恐れられて手術となる。
何にも言わない嚢腫、10年ほどというと、ちょうど私が踊ってきた年数と変わらない。
ともに様々な舞台を踊ってきた物言わぬ私の一部を、私はやはり、私が今後も生きていくことと、

妊娠や出産の可能性を身体に残し置きたいこととのために、人の手を借りて手術をしてもらうことを決めた。
切り取っても嚢腫は何も言わず、私から途切れたことで消えていくしかない。
 

 

「かくことのは」では、無意識的にも、自ずから発露出来ないものを、そのまま存在させたくなったのだと思う。
この作品は、去年の残暑頃から構想していて、途中からこのように姿を変えていった。

きっと、ご覧いただいた方の多くは、なぜ活路を見出さず、終えていったのか?と疑問に思われたり、不燃焼を抱かれた方もいたと思う。正直言って、素直に申し訳ないと思うのと同時に、申し訳ないけれどそうさせてください、と思う。
どうしようもなく、存在を示すこともなく、消えていくしかなかったものを、
そのまま擁したいという、作り手の至極個人的事情に影響された選択が、そのまま作品に出ていた。
京都の街の片隅で、ささやかに催した公演である。そういう作品もあることを許してくれるこの街の懐に感謝したい。

とくに、ダンサーの2人には、2人の大事な身体をかりて、私のこの微妙の居所の作品を作らせてもらい、本当に負担を掛けたし、ダンサーの仕事はとても切ないものだと改めて思うし、それこそ言い尽くせない感謝がある。

 


背中の詩は、2年掛けてもうすぐ50篇になる。
無理して書かない、書かなきゃならないときにしか書かない。
100になったら纏めようと思う。
なので、もうすぐ折り返しだ。

この2年間、
父が亡くなり、卵巣嚢腫の手術を経て、ずっと踊り続けられる保証はどこにもないことを知り、もしも出産ができなかったとしたら私は「子」にしてあげたかったことをどこでしたらいいかも考えたし、それと倍音になるような進行で大きな舞台・忘れられない大きな存在となった作品にもダンサーとして存在させて貰い、ようやく作家として素直に書き出した「かくことのは」の上演があって、子にする代わり次世代に何か残せるものをと企画した「ステイトメント」が多くの人の力を借りて動き出せた。
どれを取っても、私はまだまだヨチヨチ歩きしておるけど。
来年10月で、初舞台から10年になる。

新たに始まったステイトメント、今後もずっと掘り下げていこうとする「書き文字を辿り踊る」試み、
これらと並走する中に一つずつ向き合える環境下で来年も踊れるといいなと思う。


2020年はこの十年を見渡しながら感謝を込めて、静かに過ごし、

きたるこの先の十年を、ダンサーとして作家として女性として、どう生きたいかにも思いを馳せたい。

 

 

 

 

 

 

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